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ほぼ日刊イトイ新聞 - 目次 →

・「ほぼ日」をはじめたばかりのころから、
「断られる」ということについて、考えていました。

仮に、小笠原くんが、なにかを提案したとします。
もう一方の東野くんが、それを「断る」としましょう。
小笠原くんは、その「断られた」理由を説明してくれと、
東野くんに強く言う、とします。
このとき、東野くんは、小笠原くんに対して、
「断った」理由を説明する義務はないのです。
ぼくは、そう決めました。
よくわかんないけど「断った」とか、
うまく言えないけど「断りたかった」とか、
「断った」理由をあなたに言いたくないとか、
ぜんぶ、オッケーなのです。

それは、つまり、理由はわからないけれど、
小笠原くんの提案には、東野くんが賛成するだけの、
「なにか」がなかったのです。

・「ほぼ日」がなにか依頼するときには、
とにかく「断られてもいい」と決めてお願いします。
「断る」か「断らない」かの自由は、
頼まれた人がまるまる持っているという前提で、
「どうしましょう」という話にします。
「断る」理由を教えてくれる人がいた場合は、
ありがたくそれを聞きますが、
そうでなければ、「またの機会を」とあきらめます。
ほんとうに「またの機会」がくることも多々あります。

「断られる」ことを考えに入れたプロポーズとは、
相手の自由を大事にすることだと思っています。
「相手を自由にさせすぎていたら、成立しない」
なんていう場合は、成立しないほうがいいくらいです。
ぼくは、そういうふうに思ってやってきました。
だから逆に、わりと「断る」ことも自由にしています。

手は、両側から伸ばしあってつなぐものですからね。
親が子どもの手をしっかり握っているのと、
おとなどうしが、手をつなぎあうのとでは、
ぜんぜんちがうわけなんですよねー。

今日も「ほぼ日」に来てくれて、ありがとうございます。
そう、来ない自由があるのに来てくれて‥‥うれしいです。

— 9 months ago